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† January 1st, 2018

『幻日本コジキ・ZA1:国生み-世界の果ての見えない王国-』

editor

アイラヴユー
この言葉で宇宙ははじまった。
メメは思う。
ユーラヴミー・・・


 

小さな白い花たちが窓辺でそよ風に静かに揺れている。
やわらかい光を通した白いカーテンの向こうからBやLue、手足たちの笑い声が聞こえる。
ときおりやや大きめの風が入り、
カーテンがぼあんと大きく心地よくふくらむ。

メメは思う。
手元のほどよい暖かさのミルクティーが入ったマグカップには、
<幸せであれ。happy smile>と書かれていて、
その隣の丸いクッキーには、
こんな変な二コちゃんマークが描かれている。



メメの眼の中で、
黒い瞳の中で、
ピカっ
ピューんっ
ピっ
小さな光が長い尻尾を残して走りはじめ、
その光の数がどんどん増えてくる。
徐々に、
ますます。
上下左右、
縦横奥手前、
その光が増え、
メメの眼は飛び交う光でキラキラと輝きはじめる。
銀河のような光の渦。
光の洪水。

そしてゆっくり、
息をのむほどにゆっくりと、
メメは眼を閉じる。
世界が終っていくように。
世界が産道を潜るように。
目の端に遠くの白いカーテンが揺れるのが見えた。
大きな風がまたひとつ入ってきた。
白いカーテンがすこしずつ色を変えグレーになり、

鐘が鳴った。
<ゴヲーーンっ>

最後に、メメは、眼を、閉じた。



だれもいない





『幻日本コジキ・ZA1:国生み-世界の果ての見えない王国-』
絵・文:十一








「はじまり」は何もなかった。
暗闇もその輪郭も何もない。
物がうごめく気配もない何もない場所。
まさに黒。
ただ徐々にではあるが、
右へ左へ上へ下へ奥へ手前へ、
わずかな「力」が揺れている。
もちろん音もなく、引っ張られるような、押されるようなその「力」が生まれると、
一滴のシズクの塊が黒い世界に落ちた。
闇は驚いた。
水紋が立ち、
その輪が広がる。
どんどん、
広がる。
その黒い世界の端がどこにあるのかを求めるように広がっていく。
そして見えないところまでその輪は広がり、
この宇宙の形を創りだそうと奥の奥まで入っていった。
そして、鐘が鳴った。
アイラヴユー

その鐘の音と同時に大爆発が起き、
それも耳を破壊しかねんばかりにこの世とあの世ともう一方の世界へ喜びと悲しみと憎しみの大音量で、
「オンギヤァーーーーーーーーーー!!!!!」と泣った。

多くの光がその波紋の上を飛び散った。
先を行く波紋がこっちだよ、こっちだよと光を手招きしているように。
父と母がよちよち歩きの子供を導くように。
「こっちだよ、こっちだよ」と。

水滴のような塊がいくつか落ち、
同じような爆発がいくつか起きた。

イザとイザナはそうして産まれた。
 




白い世界を覗き、雲と雲の境をぐんぐん進む。
霞がかった空間を抜けると一転、辺りがはっきりと見渡せる。
その中をさらにクローズアップして進むと、
遠くに二つの影が見えた。
その影は重なり、はじけ、また重なり、ゴツッ、ゴンッと奇妙な音を立てている。

イザとイザナは兄妹で、似ても似つかない顔をしている。
イザはすきっ歯で、イザナは出っ歯。
目がキョロキョロととてもかわいい。
周りはとても静かで二人が立つ場所は白くもこもこしていて飛んでいる気分だ。
雲の上。
今、二人はとっくみあいのケンカをしている。
イザナが右パンチを出すとイザがくぐって避け、
イザが後方に宙返りをして蹴りを出すとイザナは半身になりよける。
しゃがんで足を払う。
宙に浮く。
着地する前に次の一手を出す。
パンチ、キック、ジャンプの応酬。
二人の手も足も目に見えない速さでバチバチと鈍い音がする。
一瞬二人の動きが止まったかと思うと、
イザはたらりと垂れる鼻血を右手であらくぬぐい、
イザナはニヤッと口元を上げ、目を光らせた。
どうもこの二人、体力だけはありそうだ。
イザナが信じられないくらい高く飛び、
それを見たイザもぐんっと太ももに力を入れ高く飛んだ。
二人の影が空で交差する。
バチコンッ!と波を打って空気が揺れ、
その波動が雲の上をびしびしとはるか彼方まで逃げるように去っていった。
イザに馬のりになったイザナが無数のパンチを打ち下ろしたかと思うと、
次はイザが上に乗ってひじ打ちや拳を振りおろす。
二人は器用に攻撃を避け、
顔も身体も怪我どころか赤くも腫れていない。
ぼっこぼこのケンカだ。
どちらも俊敏に動き、
どちらが勝っているのか圧されているのかもわからない。
代わるがわる上になり下になり飛んでは交差するを繰り返している。
見渡す限り白いもこもこが続くそこで二人はただ待っていた。何かを。

すると、
東から、
♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
西から、
♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
南から、
♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
北から、
♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
最後に上から、
♪ドレミに合せて「クニヲ~」、
と5方向から声が重低音の重奏で聴こえ、
最後に一拍おいて、
<イザとイザナはごくりと息をのんだ>
そのすべての声がパイプオルガンのハーモニーのように深い神聖な旋律でひとつになって大合唱で鳴った。
それも♪ドレミーファソラシドーの諧調で、

「クニヲ~ウミナサイ~」

二人は直立して四方八方声がする方向に目を向け、
最後には上を向き、
大合唱が終わると二人は目を下げ互いを不思議そうに見つめ、
頭の中は、
<?>
でいっぱいになったが、
声をそろえてこうつぶやいた。
「YES.」
それが、二人が初めて口にした言葉だった。
そして、それまでなかったものが首にかけられ胸にぶらさがっているのに気付いた。
たくさんの鍵とたくさんの鍵穴だった。
 




イザとイザナは胸がどきどきし、
高まる興奮でやや頬を紅くしたが、
どれだけ時間が経ったのか、
しばらくしてさっきの大合唱の声がやさしくまたは厳しく降ってきた。

「舌で雲の下をかき回してみなさいー」

これまた重低音の重奏だ。
イザとイザナはこの全方向から響く声を<5方向の声>と勝手にニックネームを付けてほほえみ、
上から舞ってくるものに目を向けた。

一枚の布らしきものがひらひらと落ちてきて、
二人の頭にのっかかった。
二人は無造作にその布を頭からひらりと取ると、
また一枚今度は小さいものがゆらゆらと落ちてくる。
二人は両手を胸の高さに上げてゆっくりと落ちてくるそれを互いの手のひらで静かに受け止めた。

それはメモで、
こう書かれている。

<国生み舌の取り扱い説明書>
1、布の両端の吹き込み口から息を吹き込む。
2、布の色が白から緑になるまで息を吹き込む。注)パンパンになって赤色になるまで吹き込まないように!
3、その舌(当製品)を破裂しないように雲の穴に垂らす。
4、舌を使ってゆっくりかき混ぜる。
5、舌の先から宝が出てくるまでやさしく振ること。
使用期限:本日一日のみ ※保管不可。但し冷凍の場合は7日間可。
製造元:株式会社インヴィジブル
商品に関するお問い合わせ先:赤い樹1号室コールセンター

二人は<取り扱い説明書>を読むとおもちゃを与えられた赤子のようににっと笑い、
まずは1をやってみることにした。
吹き込み口はわかったが、息を吹き込んでもなかなかそれは膨らまない。
ぜーぜーいいながら、二人は懸命に吹き込むと、
白だった布が厚みを増して膨らんでいくうちに奇妙に色を変え始めた。
白から茶色、
茶色からピンク。
ピンクから黄色、
黄色からブルーへと。
最後に紫になったと思ったら、
完成の緑色へとじょじょに変化していった。
もうこんなもんだろと思った二人はほっと一息ついて栓を閉め、
両手を投げ出し、腰をおろした。
なんのことかわからないが、
目の前には緑色の分厚い、巨大な<舌>がでんっと寝そべっている。
でも、軽い。

二人は腰を上げ、
周りを見渡すと、
知らないうちに二人の後ろに穴が開いていた。
白い雲に黒い穴ひとつ。
<連動して雲に穴が開く仕組みなのか?>と思いつつ、
雲から下の空間が顔を見せた。
二人は、次は3だなと思いながら、
少々雑に舌を持ち上げ、
その雲の穴にその舌を先から垂らしていった。

雲の下の空間は暗く、
どこまで続いているのか、
何がどうなっているのかまったくわからない。
濃い霧が充満しているような、
綿菓子の中に入ってしまったような空間がそこにはあった。
巨大な蛇がとぐろを巻いているような、
超高層ビルと同じくらいの高さのでっぷりとした卵がいるような、
どろどろとしたもやもやとした、喉の奥がねっちょり粘るような働きがそこにある。
サハラ砂漠で氷河に乗った白クマが猿のように身軽にこちらに飛びかかり無数に並んだ尖った鮫の歯で大口を開けて頭からがぶりと襲いかかられる気分。

次は4。
イザとイザナはその巨大な緑色の舌の上部両端を持ち、
垂れ下がった舌が雲の下で円を描いて回るように舌を振り、
最初はうまくいかなかったが、
コツをつかんだようで二人は息を合せて舌を回した。
それに合せて濃い霧のようなものがぐるぐるぐるぐると回り始め、
どんどん霧が晴れていく。
霧が晴れていくかと思うと、
遠くとおーくの下に、
なにかしら底らしきところが見えてきた。
<あ、あれが底かしら?>イザナがふと考えたとき、
<あ、なにかが出てる?>イザは思った。
二人は舌の先からなにやらキラキラ光るものが放出されているのを凝視し、
そのキラキラ光るものがさきほどの底へと落ちていくのを、腕を動かしながらぼーっと眺めていた。
二人はその舌をゆっくり、ゆっくり、
力強く前後左右、円を描くように振り、
その緑色の分厚い舌の先から光るものがキラキラと線を引くように落ちていくのを見守った。
5。

一瞬違った光の色がきらりと輝いた。
それは赤いダイアモンドだった。
そう、舌の先から流れ出ているものはすべてダイアモンドだったのだ。

舌の先から流れ落ちる無数のダイアモンドははるか下で集まり、
やがて光る島になった。
しばらくすると舌の先から流れ落ちるダイアモンドの数が減り、
緑色の巨大な舌がうっすらと元の色へと数色変わって白へと戻り、
イザとイザナが動きを止めると同時に最後は透明になってふあんっと消えた。
<と、同じくして説明書のメモも点になって消え、小さな光になって上へと飛んでいった>

二人は腕が軽くなったと感じたせつな、
にんまりして雲の端を両手でがっと握り込み、
雲の穴の下の世界を覗きこんだ。
怖いが、見たい。

遠くにキラキラ光る島がある。
<あぁー、きれい・・・>
と二人が思っていると、
こちらに向かって何かが伸びてくる。
にょきにょき、にょきにょきと音もする。
どんどん迫ってくる。
赤い何かが秒速で向かってくる。
にょきにょきと鳴った音が今度はゴ―っという轟音に変わり、
どんどん近付いて二人はその勢いに負けて仰向けに尻もちをついた。
死ぬかと思った。
殺されるかと思った。
それは上へ上へと伸びていく。
二人は口をぽかんと開けてそのさまを見ているしかなかった。
驚きを超えて二人が放心状態でいると、
電子レンジの音のように、
「チ―ン!」と世界に響いた。
二人はぶるっと震え、
目の前には雲の穴から天に伸びる赤い大樹が生えている。

イザとイザナは互いをザッと力強く睨みつけ、
声を合せて天へ叫んだ。
「YES!」
その二人の声は限りない空間へと漂いまだ永遠とこだましている。



 
イザは樹の表面を手のひらでそっと触れてみた。
ドク、ドク、ドクと樹自体が脈打っている。
頭の中に変なニコちゃんマークのクッキーの甘味が漂った。
イザはイザナを振り返り、
手を差し出した。
イザの目は爛々と輝いていて今自分は生きていると証明しているようだった。
イザナは少し不安を感じながらもイザの手をとり、
イザの手からドク、ドク、ドクと脈打つ赤を思いだした。
そしてイザナは一発イザの右頬にパンチを食らわした。
赤い大樹の表面はつるつるだが全体に産毛がそよそよと生えている。
すべての枝は痛いくらいに尖っていて、
無数の針と剣のように乱雑に伸び、
樹自体が己を護るかのごとく成長しているが、
ぐにゃぐにゃとゴムのように柔らかい。
枝に付いた葉っぱは手で触ると赤からピンクに変わり、
息を吹きかけるとミントグリーンに変わった。
イザは樹をなめてみた。
ビターな大人のチョコレートの味がした。

<プップー!>
赤い樹を伝って上から何かが降りてくる。
黒い虫?
器用に枝と枝の間を俊敏に避けながら張って降りてきて、
二人の目の高さでぴたっと止まった。
親指の爪ほどの大きさだ。
赤い樹に張り付いた黒い物体。
先から光が下を向いてが伸びている。
昆虫の目かと思ったら、
その目が開き、
一拍おいて「どうぞお客様。」、羽根だと思っていた後ろのドアが開いた。
二人は目だと思っていた窓の中を覗きこむと、
林檎の頭をした運転手らしき紳士がこちらをひたと見つめている。
その顔には小文字のaとhが刻まれていて、べろを出している。
 

「どうぞお客様。」
再度そう言われてイザとイザナは目を合わせた。
イザが目をこらして黒い物体に顔を近づけると、
それは巧妙にできた黒い車体だった。
隅々までうっとりするような艶を出し、夜のないロンドンの街中を走っているまさにあの黒いタクシーだ。
イザナが後ろでにやっと笑い、イザをひじでこついた。
イザが後方の開いたドアに人差し指を差し込もうとしたその瞬間、
ドアがバタンッ!と鳴って勢いよく閉まり、
イザとイザナはその親指の爪ほどの黒いタクシーの後方の座席にぴたっと綺麗に座っていた。
へ?
黒い皮手袋をした頭が林檎の顔にahと書かれた運転手が頭にちょこんと乗っているハットのつばを軽く下げ、
「アップルハートタクシーにご乗車いただきありがとうございます。」
そう紳士的に言って、後ろに座る二人に向かって3ミリ頭を下げた。
イザとイザナは握り合っていた手に力をぐっと込め、
二人は口の端と端が均等に上がってにっこりとするのに気付いた。
胸がわくわくする。
頭が林檎の運転手は一度アクセルをぶおんと吹かしたと思うと、
前を見て、
「どちらまで?」と規則正しく言った。
フロントガラスから見える先は地面が赤で空が黒。
赤い枝が障害物のようににょきにょきと生えている。
イザとイザナは握りあった手を離し、その手でまっすぐフロントガラスの先に見える遠くの光を指差した。
「世界で初めての島。ダイアモンドの島までですね。御意。」
頭が林檎の運転手はそう言うと、
「Ladies and gentlemen, Fasten your seatbelt please.」と言って、ハンドルを美しく10時10分の角度で握った。
イザとイザナはシートベルトを締め、
車内の調和のとれた艶を放つ皮のシートに身を沈め、
一瞬その完成された心地よさに安堵した。
運転手の左前にある料金メーターらしきものがぐるぐる回ってちんっ!と止まったかと思うと、
<To ダイアモンド島 Have a nice day and a safe trip!>と表示された。
「では出発進行。ご安全に。」運転手は自分に言い聞かせるようにつぶやくとアクセルを踏み、
その発車のスピードでイザとイザナの身体は背中のシートにべたっと圧されるようにひっついた。
車内にパブロ・カザルスが演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲第1番が流れはじめた。

きゅる、きゅると小気味よくハンドルを切る頭が林檎の運転手。
だが車内は一切揺れない。
ダッシュボードの上に運転手と似ている人形(頭が林檎で身体がクマのおもちゃ)が立っていて頭の林檎だけがカタカタと僅かに揺れている。
暖かく護られた、ゆったりとした心地。
ヘッドライトに照らされた先は黒い闇に赤いとげどけしい木々が乱雑に立っている。
その間を超特急、猛スピードで黒いタクシーは走り抜けていく。
カザルスのチェロの音がゆるやかに流れる。
イザとイザナはうとうととした。
さきほどの雲の上でのケンカの原因は一体なにだったのだろう?
車はまた一段スピードを上げ、赤い樹を降りていく。
車窓の景色はすべて横に線を残して残像だけが映り、
チェロの音色とうまく社交ダンスをするように口笛が聴こえてきたなと思ったら、
<ハイホー、ハイホー、声をそろえー>のメロディーに合わせて運転手が口笛を吹いている。
バッハの音楽で太っちょの小人たちが踊るさまをイザナは想像した。
<It's home from work we go!>
 

どれだけ走っただろうか。
どれだけ降りただろうか。
下に見えるダイアモンドの島はさきほどまではずっと強い光を放っていたのに、
二人がアップルハートタクシーに乗って大樹を伝って降りていくにしたがって、
点いたり消えたりの状態になり、
まるでどこかに信号を送っているかのようにぼあんと点いては、ぼあんと消えるを繰り返した。
赤い道はまだまだ続いている。

車が点滅ライトを点けて止まっていることにさえ気が付かなった。
ピッコン、ピッコンとハザードランプが安全に安全にと言っているかのように点滅を繰り返した。
「ご到着。」運転手が黒いネクタイを少し強く締めなおしながらそう言うと、
後ろのドアが重く開いた。
「またのご利用、心よりお待ちしております。よき旅を。勇気を持って。」
イザとイザナがちょこんと頭を下げ、
林檎の形をしたアップルハートタクシーの名刺を受取り、ダイアモンドの島に足をおろしたとき、
二人の身体が元の大きさに戻り、
島全体が最後の一呼吸をしたかのようにぼあ~んと大きく光り、光は消え去った。
名刺にはさきほどの運転手の名前と、
座右の銘が書かれている。

ルイ・アームストロング3世Jr
-座右の銘-
身内と言えども敵は敵

暗殺者かよ、二人はそう思った。
林檎の頭をした規則正しい律儀な暗殺者。
彼ならスナイパーとして東京タワーの上からニューヨークエンパイアーステートビルディングの先っぽに停まっている白い鳩の喉元を的確に撃ち抜くことは容易だろう。
ラフマニノフのピアノ協奏曲二単調作品30を大音量で響かせながら黒いアップルハートタクシーは猛烈な速さで赤い樹を上っていく。
<ご安全に>
イザとイザナは心の中でそう願った。

イザとイザナが島の上を歩くと、一足ごと足の形に地面がやわらかく光る。
それがたまらなく楽しくて二人は島全体を飛んだり跳ねたりしながらも大切に歩きまわった。
足跡がひっそり光る。
光って消える。
踏み固められた土地。
そして島が島となった。
島には閉じられた目が2つと、鼻と口がひとつずつ付いていた。

二人はまずその島に家を作った。
赤い大樹の枝や表皮を使いごくごく簡単に作った。
そこに<初めての家:The First Home>と記し、
地面に散らばるダイアモンドの粒を使ってこんなマークを入口に描いた。
 




赤い大樹にはところどころ穴が空いていて、
その穴を通じてさきほどまでいた雲の層、
またはその上まで声が届くような仕組みになっていた。
その逆もあり、
上からの声もそこを通じて話せるようになっている。
<赤い樹1号室コールセンターにも繋がるのだろうか>
耳を傾けると、
その穴からはだれかのふかーい呼吸音がゆーっくりと響いている。
イザナがその穴を覗いていると、
ぼんやりと薄く何かが見えてきた。
ピエロの仮面をかぶった長身の毛むくじゃらの姿。
<I AM LUCKY>と描かれた白いTシャツを着ている。
一転、別の顔が映り込み、何かを話している。
こちらもかわいい仮面をかぶっている。
ごつごつした固い岩のような顔の皮膚。
その後ろに複数の手と足がぴょんぴょん飛び回っている。
イザナはイザを手招きし、二人でその世界に見入った。
二人の目に映る世界はこちら側とはうってかわって見たこともないカラフルな色で彩られ、
古い映画のようにかたかたとコマ送りの映像になって映し出されている。
ごつごつとした顔をしている仮面をかぶった小人がさきほどの毛むくじゃらの大男の肩にのり、
こちらに近づいてくる。
肩に乗った小人のシャツには<YOU ARE LUCKY>と描かれているのが見える。
彼らの口がぱくぱくと動いているがイザとイザナにはなにも聞こえない。
彼らが向こう側で手を振っている。
その手がどんどん大きく映し出され、
指が画面全体に黒く丸く映ると、
画面がこちら側に膨れた。
膨れた画面からほそーい黒い線がぶにゅ~っとつるつる出てきた。心太みたいに。
その黒い線はどんどん伸び、
イザとイザナは恐怖でぱっと穴から顔を離し、
初めての家の裏へダッシュして身を隠した。
恐る恐る顔を出してその線を見つめると、
赤い大樹の穴からまだまだ伸びて宙に浮いている。
黒い線だけだと思えば白い線も伸び、
ぶちっと切れてそれぞれ宙にほわほわ浮いておかしな形を作りはじめた。
こちらの世界では存在しないものだ。
文字なのか、
形なのか、
何かを伝えたいのか、
象形文字のようにその線は宙で形を作り、
猫みたいになったり、
猿みたいになったり、
蛇や牛、キリンやクマ、馬、イザやイザナと同じような人の形にもなった。
それらが手をつなぎ輪になって踊り始める。
それらの背景もこの世にはない色を持って背後でかすみ、
赤い大樹を中心にその輪がどんどん大きくなり、
イザとイザナは地面に頭を抱え、この線のおばけの集団から逃げたい一心で目をつぶって念じていると、
二人の肩をとんとんと叩く。
ん?と顔を上げるといろんな形をした線たちが声もなく、
「いっ・しょ・に・お・ど・ろ」と伝えてきた。
二人の身体は力が入らなくなり、
操り人形のように立ち上がり、
その線のおばけたちと手をつないで輪になって踊った。
輪がどんどん大きくなる。
線のおばけたちもどんどん数が増える。
見たこともない色たちが空気を染める。
イザとイザナの目がとろんと落ちたとき、
島が<ギャフンッッッ!>とくしゃみをした。
-まだはやい-
その瞬間、その線のおばけたちがこちらの世界から滲んで消えた。
 




上には雲。
島以外、見渡す限りなにもなかった。

二人は5方向の声が放った言葉を思い出すと、
胸にぶら下がっていた鍵と鍵穴がかすかに震え始めて擦れ、あたりに鈍い鉄の音が広がった。
<クニヲ~ウミナサイ~>
5方向の声はそう言っていた。
二人がそう思い出していると、
「林檎。口を使って言葉を話してみなさい。」
え?とイザとイザナは声の主を振りかえった。
赤い樹に寄りかかって立っている腕を組んだ亡霊が見えた。
淀んだ息を吐いている。
ぼやけていた輪郭がよくよく見ると鮮明になっていき、
人の形が小さく変化して蛇になって現れた。
ヒトラ蛇だった。
イザはがさがさとした声で切れ切れに痛々しくこう言った。
「これが声。これが言葉。」
それを見たイザナは、
「言葉は命。命はまこと。」とやや興奮した調子で言った。
そして二人は言葉を自由に話せることがこの上ない楽しみのように、
同時に同じスピードで同じ唇の形を作り、
「愛だ、愛だよ。」と自然に吐きだした。
宇宙には言葉が満ちた。

「きみたちは国生みをするためにやってきた。さあ、お教えしよう。」
ヒトラ蛇はそう言いながらにょろにょろと樹を滑り降り、
知らない間に初めての家に記されたマークのところに上って二人よりやや高い目線で話しはじめた。
イザに向かって、
「きみがもっているのは鍵だね?」
「YES.」イザは答えた。
「きみがもっているのは鍵穴だね?」
「YES.」イザナは答えた。
「よろしい。では答えだ。鍵を持っているきみはこの赤い大樹を反時計まわりに回り、鍵穴を持っているきみはこの赤い大樹を時計回りに回ってきなさい。」
 

イザとイザナは首をかしげながら、
イザナが、
「どうして?」と言った。
イザはそれを聞いて頷いた。
「私を見なさい。私には手がない。ということは手を使って満足にパンを食べられないと言うことだ。ということは手を使って満足にブドウ酒を飲めないということだ。」
「はい・・・それで?」
イザが答えると、
「私には足がない。ということは足を使って満足に宣教できないと言うことだ。とういうことは足を使って満足に民をわたしの『モノ』にできないということだ。」
そうヒトラ蛇が言うと、
「私は自分の手となるモノを呼んだ。私は自分の足となるモノを呼んだ。世界はバランスを求めている。そして君たちが下りてきた。すべてがそろった。今は私の『時』だ。その幕が上がる。鍵を開けるのだ!法則に従え!命令に従え!」
イザナは目がしらの奥がズキンと痺れるのを感じた。
「バランス。時も金も生命の数さえもすべてが潮の満ち引きのように天秤に乗せられて計られている。全ての数は決まっているのだ。それは幸福も不幸も同様。誰かが殺し、誰かが生きる。君たちは私の手足となるためにここに来た。私の理想郷を作る手足として。そう、私の番だ。」
ヒトラ蛇は不吉な笑みを浮かべて二人に語る。
「なぜあなたの手足なの?」イザが聞くと、
「君たちは国生みの方法を知らない。それが君たちの役目だ、ここに降り立った。私は頭。私は知っている。それが答えだ。君たちは私がいなければ先に進めない。世界が始まらない。満足に何がパンで何がブドウ酒かさえもわからない。そういうことだ。」
イザとイザナの手が微妙に震えた。
先に進めない。それは全ての終わりを意味しているのだとはわかっていた。
物語には始まりと終わりがある。
途中でページを捲る人物がいなければ、
その物語は死臭を放つただの石ころの幽霊のようなものだ。
実体がありそうで存在しない、この世に存在する意義がないもの。
鳴らない鐘は鐘でいる心がない。

二人は痺れる思考のまま、
ヒトラ蛇の言うようにイザは反時計まわりに回り、
イザナは時計回りに赤い大樹を回ってきた。
そしてヒトラ蛇が何かを言う前に、
イザナは意図的にイザの胸から下がっている鍵を一つ手にし、自分が持っている鍵穴に差し込むと、
「ちがーう!!!」とヒトラ蛇がぎりぎりと叫んだ。
イザナが開けようとして一体となった鍵を見るとびっくり仰天驚いた。
鍵は開かず、それは変な生き物に変わっていた。
ふにゃふにゃとした、
ぼろぼろとただれる物体だった。
ただただ醜い未完成の塊。
「そんなものは捨てろ!不完全なモノはこの世に必要ない!捨ててしまえ!殺してしまえ!必要なのは完全なる帝国だ!」
そうヒトラ蛇が言うと、
ごほんっとひとつ咳をして、
「まず先ほどと同じように赤い大樹を回り、鍵を持っているきみ、きみがはじめに鍵を差し出すのだ。そしてもう一方のきみ、その鍵を受け入れて鍵穴に入れなさい。そうすれば美しく鍵が開く。世界が理想に完成する。」
二人は言われたとおりにやってみた。
あら、ほんと。
鍵が開いた。
開いたと思ったら、光を落していた島の全てのダイアモンドが一斉にドクンっと鳴ってぶるっと震え、島の鼻が一回深く呼吸を吸って、ぼあーんと光った。

島が揺れはじめた。
ゴゴゴ―と地面が響いたかと思うとぞわぞわと波打ち、
遠くの西の方角に、ぼこっぼこっと巨人が地面から這い出るようにぐぐいと地表が盛り上がり、
「その開いた鍵をあの島に投げるのニャー!」と裏返った声でヒトラ蛇が猫のようにキーッと絶叫した。
イザとイザナは届くかどうかもわからないまま、
首から外したひもを二人で持ち、
その開いた鍵を新しい島へ向かって投げた。
開いた鍵は一瞬ピカッと光ったかと思うと、
自分の意思を持った光となって飛行をはじめ、
美しい放物線を作りながら、
その島めがけて飛び去った。
その光の先を見ていたイザとイザナとヒトラ蛇はごくりと唾を飲むと、
西の遠くのその島が黒い口を大きく開けてその光を飲み込んだ。
天にめがけて光の柱が立ちあがった。

「ほれ、国生みだ。」
ヒトラ蛇が二つに割れた舌をチロチロ出してにやにやしながら言った。

イザとイザナは額に大きな汗を浮かせ、
「・・・YES.愛だ、愛だよ。」と疲れきった身体を仰向けにして答えた。

「闇は深い。闇は光に負けた。そもそもこの宇宙は闇のモノだ。光が闇を奪った。闇は光を憎んだ。だがそれは今だけだ。闇は光の影で何万何億何兆もの軍隊を率いている。私はその鍵を開ける役目。お前たちが眠っている間、闇は光の首を咬み切るときを今か今かと息を殺してひっそりと待っている。そして、鍵が開いた。」
ヒトラ蛇が言った。

ヒトラ蛇の口から黒い液体の塊がどろどろと出てくる。
すべてのこの世に存在する万物をその黒い液体が犯して喰っていく。
憎い、憎いと呪文のように語りながら屠っていく。
キキキ・キキキと闇の笑い声が混じってその領土を増やしていく。
片目の海賊が新しい土地に足を踏み入れ原住民の幼い少女の首を幅広剣で切り飛ばし少女の視界が空を飛ぶ。
わたしはどこへいくの?どこへもどるの?少女の目が最後に映したものは海賊の潰れた片目。その、黒。
闇が憎い憎いと光の首に歯を立てる。
ヒトラ蛇の口から溢れ出る黒い液体がこの世界を飲み込んでゆく。
わたしのモノ・わたしのモノと言いながら。




喉が渇く。
ひりひりとする。
身体が動かない。
力が吸い取られる。
この満ち足りた充実感となぜかけだるい喪失感がイザとイザナを襲った。
指がぴくぴくと動く。
まつ毛がさらさらと擦れる。
ここはどこでここはいつなのだろうかとも感じる。
心に宿る満足感と達成感。
疲労を訴え、もぎ取られるような手足と心臓。
虹を見た後に誰もいない家に帰る錆びた鉄の味。
満天の星空の下でひとり孤独に膝を抱え血に飢えた数十匹の狼が自分を取り囲み舌舐めずりする匂い。
イザとイザナは空気の抜け切ったタイヤのように、溶けるかのごとく島に横たわった。
近くでヒトラ蛇の身体を振る音が聞こえ、
チロチロと出すヒトラ蛇の舌の動きが想像できた。

「はい、次だ!」
ヒトラ蛇がそう言っている。
「美しい島。美しい国。美しい民族。美しい血。完成されたそのすべてが、美しい。」
自分に酔い、独り言のようにヒトラ蛇は歌い、
その音色にイザとイザナは身体の芯から震えた。

赤い大樹が見える。
初めての家も見える。
さきほどまで二人がいた雲の世界が見える。
ヒトラ蛇が口から吐き出す黒い液体が見える世界を闇に染めていく。
せっかく生まれた世界がまた産道を戻っていく、闇へと。
自分たちの身体へも、闇が、黒い液体の塊が迫る。
食べられる。
なにかに生まれ変わるのだろうか?
闇が戻り、次は闇の赤子が産まれるのだろうか?
-死ぬのか-
仰向けに横たわった二人の緩んだ瞳孔がキュッと締まった。
何かを、見つけた。
ひとつの雲がこちらに流れ、近付いてきた。
「ごくろうさーん。」
顔の形をしたその雲はそう言った。
「ごくろうさーん。」
その声はとても暖かく、イザとイザナは桃を思い出した。


「疲れたじゃろう。そらそうだ。国生みは大変じゃ。ヒトラ蛇、お前には愛がない。愛が。」
ほほんとその雲は言い、
ヒトラ蛇に息を吹きかけた。
その猛烈な息は電柱の3倍か4倍の高さの津波のような風を作り、
びらびらと黒い液体を吹き飛ばしていく。
世界がびりびりと震え、闇は恐れるように遠くへ逃げていく。
ヒトラ蛇は眉をひそめ、しまったという顔をしてその風に対抗して立ちながら、吐きだした闇をごぼごぼと口に戻し、
「出やがった。この喜劇役者め。同じチョビ髭をしているがこうも違うか。世界は私のものだ、こいつらを使ってな。ヒヒヒ、チャプリ雲よ。」
ヒトラ蛇がそう言うと、
チャプリ雲と呼ばれたその雲は、
「お前たちは疲れたじゃろ。まずはお休み。国生みはまだ続く。ゆっくりお休み。世界はまだ生まれたばかりじゃ。」
そう言うと、
ヒトラ蛇に向かってこう答えた。
「ちょいと来るのが遅れたようじゃの。だが間に合った。安心安心。わしとお前は同じころに誕生した。罪深きだのう。お前とわしは表裏一体。形は違えど同じ役目じゃ。同じ役目と言えども、方法が違う。罪深きだのう。」
泥のような疲れで身体の動かないイザとイザナは、
頭上で交わされている二人の言葉を目で追うことしかできなかった。
右へ左へ揺れるゆりかごで眠っているかのように。
 




「鍵は開いた!こいつらを使って私は新しい世界を作るのだ!私には手がない。足がない。だからこいつらが私の手であり、足である。私の帝国の兵隊だ!」
ヒトラ蛇はそう言ってチャプリ雲を睨みつけた。
チャプリ雲はヒトラ蛇が今言ったことを同じように繰り返した。
「鍵は開いた!こいつらを使って私は新しい世界を作るのだ!私には手がない。足がない。だからこいつらが私の手であり、足である。私の帝国の兵隊だ!」
それもおどけて。
言い方もまねて。
まだ横たわっているイザとイザナは心の中でほんのりとほほえんだ。
なんだか心が温かくなる。

どれだけ時が過ぎただろう。
「さあて、もう時間だぞ。イザとイザナ、起きなさい。」
チャプリ雲がそう言うと、
大きく口を突き出し、横たわっている二人に息を吹きつけた。
ぶーぅー
その息を受けた二人の身体は緑の葉っぱが隅々にまで栄養を届けるようにぴしぴしと伸び、
身体の骨という骨すべてがより固く引きしまった感じがし、
心臓もまっさらな赤い血を決まった法則で飲んでは吐くをたくましく繰り返し、
再生されたかのようにしっかりと両足で立ちあがった。

「国生みの再開じゃ。まだまだ長い旅じゃぞ。」
チャプリ雲はイザとイザナにウインクをした。
「なんだと三文役者!こいつらは、雲から降りてくる前から俺が目をつけていた兵隊だ!お前にやるものか!」
ヒトラ蛇は目を吊り上げて叫んだ。
「さてさて、イザとイザナ。お前たちはこのあとも国生みという大事な仕事が残っておる。これはある記録に残っているやらなければならない仕事じゃ。わかるかな。これは成就しなければならない行いじゃ。成就をせねば先がない。先がなければわしらが存在することもない。わかるじゃろ。」
イザとイザナはチャプリ雲を見て頷いた。
「さてさて、そこのちょろちょろした蛇はもう檻に入る時間がきたの。わしが来るのがもうちょい遅ければ、この世はまた母へ戻る。闇の時代が続く。だが物語は始まらない。今はこやつの『時』ではない。今はお前たち二人の『時』じゃ。自分の頭で考えなさい。自分の手で触れ、創りなさい。自分の足で立ち、歩きなさい。すべてがお前たちに与えられたプレゼントじゃ。悲しいかな、敗者の歴史は残されない。舞台には役者がいる。役目がある。ただそれだけじゃ。イザとイザナ、赤い大樹の枝で檻を作っておくれ。さっきわしがやつに吹きかけた息でやつはもうすでに身体が固まって動けないからの。ホホホー。」
チャプリ雲の言葉のように、
イザとイザナは赤い大樹の枝を使って檻を作り、
その中にヒトラ蛇を入れた。
ヒトラ蛇はその間も<宇宙は我のためにある!とか、帝国万歳!とか>ずっとぞっとするような言葉を発していて、
檻の中でも光を崩壊するためになんやらとか叫んでいた。

「その時は来る。その時は去る。イザとイザナや、その檻をわしに向けて投げなさい。こやつをこの世界に放つ時間は終わりじゃてな。わしがわしの中で飼いならしているのがいい。表と裏。闇と光。この世とあの世。すべてはリンクして結局同じ世界じゃ。ホホホ―。」
イザとイザナはチャプリ雲めがけてヒトラ蛇が入った檻を投げた。
チャプリ雲の口が大きく開き、
その口が顔よりも大きく大きく開いて黒い闇を見せ、
その闇がさきほどのヒトラ蛇が吐き出した黒い液体の塊と同じ種類のものだと二人は気付いた。
どこかで見た、どこかで感じた、なにかとてつもなく怖い力、恐怖。
汚れ、楽しみ、思い出、涙、命、美しさ、喜び、憎しみ、心、そのすべてを吸い込む。
イザとイザナの身体も、吸われて食べられてしまうかのように黒い大きな力で引っ張られ、
髪をなびかせながらも二人は二本の足でしっかりと立ち、足の指で固く地面を握った。
二人は泣いた。泣いて泣いて、嗚咽し泣いた。
泣いて泣いて、泣いて、泣いた。
-生きたい-
ヒュンっ!とヒトラ蛇の檻は深い闇にのまれていった。
<I’ll be back.>
ズオオォォォーと音を鳴らしながら雲の口が閉められていく。
風がおさまり、ポッと聞こえたかと思うと、
静寂な空気の音が回りに漂った。
世界が美しいバランスを取り戻した感じがした。

空気がきれい。
まるで世界が洗われたよう。
すべてが輝きを取り戻す。
命がドクドクと鼓動する。
「では、イザとイザナ、国生みの方法はもうわかったじゃろう。遅れてすまんな。アイムソーリー。物語が変わるところじゃった。自分たちのその頭で、その手で、その足で、国を生みなさい。物語が成就するために。」
チャプリ雲はそう言うと、
最後にイザとイザナにふかーく息を吹きつけた。
二人は身体が一層大きくなった気がした。
心も塵が晴れたように軽くなった。
地面を踏みしめる足がどすんと根を張った感じがした。

二人が自分たちの足を見、両の手のひらを見てチャプリ雲を見上げたそのとき、
チャプリ雲はやや消えかけの姿で最後にこう言った。
重低音で、
5方向から聞こえるかのようになおかつ重奏に、
♪ドレミーファソラシドーの諧調で、

「クニヲ~ウミナサイ~」

そして、消えた。




イザとイザナは兄妹。
目はふたりともくりくりとしていてかわいい。
国生みは大切な二人の仕事だ。
その後、国生みはうまくいった。
物語が成就するために。
赤い大樹は今もたくましく脈を打って天までそびえている。
二人はその後いくつの国を生んだのだろうか。
8つ?14コ?
彼らが生んだ国はもこもこと元気に育っている。
そこは未来、「日本」と呼ばれる国となる。
次に待っているものはなんだろう?
イザとイザナはダイアモンドでできた島に寝そべって、
赤い大樹と初めての家に見守られながらこう言った。

「YES.愛だ、愛だよ。」

そして、鐘が鳴る。
世界がはじまる。





おわり
(次回『幻日本コジキ・ZA2:神生み』へつづく)
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